
中津川の茶屋坂(ちゃやざか)は、The RYOKAN Oから歩いて約5分の場所にある中津川宿の東側の入口にあたる大事な場所。今回はここから見える景色や歴史についてお伝えします。かつてはここから江戸を目指す人、京都に向かう人が旅をしていましたが、現在は高校が近くにあることで通学路にもなっています。

中津川宿から落合宿、馬籠宿までいくつもの坂がありますが、この茶屋坂は最初の坂。のっけからきつい坂です。
ちなみにこれは「止まれ」と書かれています。

すぐ横には新しくできたおにぎり屋さん、ONIGIRI STAND NICOさんが。
さらに進むと高札場があります。

この高札場とは、江戸時代に幕府や藩が出した法令や禁令を、木の札に書いて掲示するための場所です。今でいう「市役所のお知らせ」「街の掲示板」といったところでしょうか。なお、現在の高札場は復元されたもの。掲げられた高札には、1711年に公布されたものや、その後に加わったものがあります。
一体どんなことが書かれているのでしょうか?
実はこんなお知らせでした。
親子兄弟高札
犯罪者や不審者をかくまわず、見つけたら届け出なさいという内容。あわせて、親子・兄弟・夫婦などで仲よくすることも説いています。
毒薬にせ薬売高札
毒薬や偽薬を売ってはいけないという内容。
火付見出し高札
放火犯を見つけた場合の届け出や褒賞について。※江戸時代、放火は特に重罪!
キリシタン高札
キリスト教禁止を示したもの。江戸幕府の宗教政策を表しています。
人馬貫目高札
荷物運搬や馬の使用に関する公定ルール。
徒党強訴禁止高札
集団での訴えや騒動を禁じる内容。
何事に寄須高札
ぜいたくをして、むやみにお金を使わないことなどを戒める内容。
とまあ、物騒なものもありますが、今に通じるルールもありますね。
江戸時代はキリスト教禁止の鎖国時代でもありました。
この高札場を見て、世界中の方々が旅をしているのはなんだか不思議ですね。

先ほどの高札場の横に階段があるのですが、中山道を歩くこともできます。この道も結構きつい坂道。車もくるので、ご注意を。

こんな看板も!それにしても渋いフォントですね…
この看板通り、この先に歩道橋があるので渡りましょう。そしてそこから見えるのは、中山道がまっすぐ伸びる景色です。

この歩道橋から見た景色。実は昔の写真が残っており、見比べることができます。

こちらは明治時代の景色。
今から100年以上前の写真ですね。
街の建物は変わっても、道は変わらず今も多くの方が旅をしています。
あなたがいる場所は、様々な歴史の旅人が歩いた道。
この景色を是非見てくださいね!
参考資料
補足
徒歩時間は目安です。歩く速さや経路によって変わります。
文:中津川ゆるゆるニュース