ここを見ている方のほとんどは、中山道を歩きたい、サムライロード(※1)を夢見ている方ではないでしょうか?
このブログでは、中津川の魅力、また観光地以外の視点、豆知識などなど、あなたが快適な旅をするための情報、楽しめる情報をお伝えします。記念すべき第1回目は、ズバリ、中津川という街について。
日本の中部地方、中央アルプスの最南端に位置する中津川は、雄大な自然、歴史があり、そして伝統的な和菓子が見事に調和した魅力あふれる街です。
それは様々なネットでも書いてあるので、あなたもご存知かもしれませんね。
ここからは、あなたがまるで、中津川に降り立った時に遭遇する、中津川の面白さについて書いてみます。
まずは中津川駅。

駅を降りて正面に見えるのは、前山と恵那山という山。
前山は、恵那山の手前にあり、後ろにそびえるのが恵那山。標高2191mの山です。
馬籠からもよく見えますが、まさに木曽路(※2)を旅するシンボルの山。
この山はあなたが中津川にいる際、あなたの旅をずっと見守ってくれます。
そして、中津川には古き良き中津川の楽しい風景があります。
馬籠、妻籠に行く前に、この日本でしか、田舎の中でしか楽しめない風景があるのです。
The RYOKAN O(※3)の周辺にも、たくさん気になるものがあるはずですよ!





江戸時代、中津川は中山道の宿場町(※8)として栄えた街。その後近代化が進み、中山道から鉄道、工業の街になりました。
その後中山道は、生活道路として使用されてはいましたが、古い歴史として、まるで過去の物としてしか見られていない時代があったのです。
そう、海外から足を運び、旅する皆さんがくるまでは。


中津川に来た方のほとんどは、馬籠、妻籠までの旅路を楽しみにされてるはず。
そして、その旅路のベースキャンプはこの中津川です。江戸時代のサムライロードを歩くだけでなく、江戸時代だけではない、様々な時代のレイヤーを感じることができる街なんです。
まるで、マンガやアニメの世界で見たような日本の田舎が楽しめますが、それは作られた世界ではなく、まさに自然に残された風景なのです。
馬籠、妻籠に行く前にその風景を、散歩できるだけで楽しめるなんて、素敵ですね。
あなたの好きな場所、体験がこの旅で見つけられるよう、心から願ってます!
文:中津川ゆるゆるニュース
補足
※1 中山道:江戸時代(1603〜1868)の五街道のひとつ。江戸(いまの東京)と京都を内陸の山側で結ぶ約530kmの街道で、沿道に69の宿場町があった。大名・武士・商人がみな行き交った道——「サムライロード」という愛称の由来。(出典: 国土交通省、中山道六十九次)
※2 木曽路:中山道のうち、木曽谷を通る山あいの区間。中津川はその南の玄関口。
※3 旅館:畳の部屋と布団が基本の、日本の伝統的な宿。The RYOKAN Oは、ここ中津川にあるわたしたちの宿です。
※4 丸型ポスト:正式名「郵便差出箱1号丸型」。1949年に登場し、1970年まで日本の標準ポストだった。現在も全国におよそ5,000本が残り、映画やアニメにもよく登場するレトロの象徴。いまも現役なので、実際に手紙を出せます。(出典: 郵政博物館)
※5 西宮神社とえびす様:日本各地の西宮神社は、商売繁盛と福の神「えびす様」(七福神のひとり)をまつる神社。中津川の西宮神社は1888年に地元の商人たちが兵庫のえびす宮総本社から分霊を迎えて創建したもので、毎年1月10日の「十日えびす」のお祭りは大勢の人でにぎわう。(出典: 中津川観光協会、えびす宮総本社西宮神社公式サイト)
※6 島崎藤村と「夜明け前」:島崎藤村(1872〜1943)は日本近代文学を代表する小説家で、馬籠(いまは中津川市の一部)の生まれ。歴史小説の大作「夜明け前」(1929年から連載)は幕末の木曽路が舞台で、その書き出しは日本文学でもっとも有名な一文のひとつ。この石碑にその一文が刻まれている。(出典: 中津川市、岐阜県図書館)
※7 居酒屋:飲み物と一緒に小皿料理をシェアして楽しむ、日本の気軽なパブ。ひと晩でいろいろな地元の味を試せるくつろぎの場所。
※8 宿場町:江戸時代の街道沿いに設けられた休憩の町。旅人のための宿や茶屋が並んだ。馬籠と妻籠は日本でもっとも保存状態のよい宿場町のふたつ。